居組海岸

2009年12月10日 : H. Yoshida

気が付いたらもう12月になってた。
投稿も久しぶだ、この間に様々なことあったが、いまさら投稿する気にならないので省略。
暦では寒の入りになり寒くなって来るはずだが、どうやら今年も暖冬かな、冬らしい気候にならない。
でも巷ではクリスマス商戦にお歳暮商戦など恒例の行事が始まっているが、景気の低迷で庶民の財布は閉めっぱなしでどうも景気の良さそうな話は聞こえて来ない、国会も景気刺激策として7兆2千億円の補正予算を決定したがどうなるのかな、来年の景気は。
写真は来年のジオパーク認定を目指している、山陰海岸国立公園の一部、兵庫県新温泉町の居組海岸。
いつ来ても美しい海岸だ。

ふるさとの森も冬隣

2009年11月17日 : H. Yoshida

15日の午前中はグラウンドゴルフの試合があり、そちらの裏方にかり出されて暇無し。
やっと試合が終わり後かたづけから解放されたので、午後には紅葉を撮影に行くことにした。
といっても午後からでは、そんなに遠くには行けないし、近場でどこかないかと考えたら、八頭郡八頭町のふるさとの森を思い出した。
あそこなら車で1時間くらいの距離である、さっそく出発して到着したら3時半を過ぎていた。
晩秋の日暮れは早い、それにここは谷底であり、日の入り時刻よりもかなり早く薄暗くなるはずだから時間がない。
森にはだれもいなかった、ただ冬隣の風が吹いているだけ、春には新緑で覆われていたブナも裸木同然で、わずかに枯葉がくっついているだけ、そばの熊に注意の看板もむなしいだけであった。
このあたりで標高700mくらいだから、すでに紅葉の見頃は過ぎてしまっていたようだ。
ここは自然公園になっていて、春夏秋は自然に親しむため多くの人が訪れるのであるが、林の中の公園管理棟も寂しく佇んでいるだけ。
ここは2〜3mの雪で覆われてしまうので、春まで公園は閉じられ入園禁止になりいよいよ冬を迎えることになる。
まさに冬隣がぴったりの、ふるさとの森であった。
何枚か撮影したが、すぐに暗くなり始めたので帰路についた。

思い出の烏ヶ山

2009年11月12日 : H. Yoshida

DSC_0039

11月もすでに12日、紅葉も山から里に降りてきて、あれだけ紅葉狩りを求めて近くの高原へを目指したのも嘘のよう。
文化の日には寒波襲来で、高原は一気に枯葉が舞い散りだし、高原は深閑としている。
もっとも、暖かい地方ではこれから見頃に成るらしいから、10日後には瀬戸内の方面へ旅行の予定であるので楽しみである。
さて過ぎ去ってしまったが、10月31日に鏡ヶ成高原自然休暇村を訪れたさい、撮影した烏ヶ山(からすがせん)の雄志。
紅葉の彼方に聳える赤く染まった山はこれまた格別である。
7年前の鳥取西部地震のため山頂付近の岩が崩れそうになり、以来登山禁止でちょっと淋しい。
隣の大山が毎年崩壊して荒れていくのであるが、その姿がよく観察できるため、登るたびにため息をついていた事をよく覚えている。
現在はどんんな姿になっているのであろうか、登山道は自然が一杯で、これだけでも楽しめるのだが。

砂丘のラッキョウ畑

2009年11月3日 : H. Yoshida

DSC_0128DSC_0134DSC_0148

砂丘のラッキョウの花が咲いた。
一面薄紫の絨毯のように敷き詰められた畑が広がる。
あいにくの天気で撮影もままならず、雨が止む空きを狙ってシャッターをおす。
午後には晴れて来るらしいが、それにしてもこの秋一番の寒波は寒い寒い。
せっかくの文化の日も行楽地は深閑としているだろうな。
砂丘もも人影まばらであった、冷たい風だけが吹いているだけ。

11月1日の浦富海岸

2009年11月1日 : H. Yoshida

DSC_0076DSC_0091

浦富海岸がジオパークへの登録推薦が決定した。
時期総会で承認されれば、我が国では北海道の知床半島規模のジオパークになる。
前期総会では、国内選定で破れたので、まず一歩前進ということか。
東は京都府丹後半島から、西は鳥取市までの全長400Kmのリアス式海岸が続く風光明媚な山陰海岸国立公園である。
今日は、それではと公園内の浦富海岸の撮影に行く。
どうやら午後には雨になりそうだと天気予報、それまでに行かねばと車を走らせた。
到着してみれば、まだ10時半頃なのに、空は薄暗くなり始めていた。
網代港から海岸道路を撮影しながら、ポイントごとに車を停めてシャッターを押す。
田後港までの僅か3kmくらいであるが、このあたりが一番美しいと言われていて、またの名を山陰松島と呼ぶ。
波際まで降りて行けば、いいのだが今日はその暇無し、そろそろ雨が降りそうになったので慌てて帰路につく。
我が家に帰る頃には、土砂降りになってしまった。
天気の良い日にでも、もう一回来よう。

紅葉の山は思い出の山

2009年10月31日 : H. Yoshida

DSC_0033

今日は大山へ紅葉を見に行く。

しかしもの凄い観光客で身動き出来ないほどで、十数枚撮影して諦めて帰った。

その途中、峰を縫うように繋がる県道は見晴らしがよくて、その景観も見事。

近くの展望駐車場で何回か登って楽しんだ山を撮影する。

左から矢筈ヶ山、右が甲ヶ山、どちらも1350mくらいの標高だと思うが。

山は紅葉で覆われていて美しく、山への誘いが頭を持ち上げて来そうだ。

来年には挑戦してみるかな。

 

黄昏の賀露海岸にて

2009年10月27日 : H. Yoshida

DSC_00033日前に一眼レフデジカメをゲットした。

今までは、コンパクトデジを使っていたから、ちょっと勝ってが違いとまどう。

取説を眺めながらかろうじて使えるようになったが、まだまだしどろもどろながらの撮影である。

それでも、なんとか投稿してみた。

場所は、鳥取市の賀露海岸から西方向に見える島で、名は忘れたが今日の撮影である。

夕日を撮影しようとしたが、あいにくと曇りでかなわず。

ともかく、一眼デジでの初投稿になったが、やはりコンパクトよりは画質は良い。

これに腕がともなってくれればいいのだが、小生の実力ではこんなものかな。

すべて、カメラが撮影してくれるので、ただシャッターを押すだけだ。

まことに優秀なカメラだ、慣れてきたら今度はマニュアルに挑戦してみよう。

ツリフネソウ

2009年10月14日 : H. Yoshida

山でよく見かけるこの花、地域により少しずつ色合いが違うようだ。

この他に白や黄色などもあるらしいが、まだ見たことない。

荒地でも、群生していることをよく見かけるから、強い性質を持っているのだろう。

この花びらの中に蜂が入っていることをよく見かけるが、うまい蜜も出しているらしい。

それにヨメナも近くで一緒に咲いているから、同じような環境を好むのだろう。

見れば見るほど、美しいとは言えないが味のある花だ。

だれがつけたかツリフネソウ、これも秋を代表する山野草の一つだろう。

HotRip

2009年10月14日 : H. Yoshida

この花はホットリップという、サルビアの仲間だ、6月の末くらいから咲き始めて、いまだにその魅惑的な姿を見せている。

小さな花だが、なんと息の長いことだ、咲き始めは画像の通りの、白に紅色がなんとも艶やかで、だれがつけたか名前の如く熱い唇がよく似合う。

ところが、時間の経過とともに白一色になったり、紅色一色に変化してそして散っていく。

そして、別の幹からまた別の花が咲いてくる、まことに不思議な花である。

いつまで咲きつづけるのであろうか、やはり紅葉の頃までであろうか、メキシコあたりが原産らしいから寒さには弱いかも。

今年4月始めて植えてみたので、これからどうなるのか興味深々である。

この写真は、試しにZooomrよりリンクさせている、今まではフォト蔵からリンクさせていたので、どちらが良いのか比較のため使ってみた。

それにOSもこの投稿だけOpenSolarisを使っている、いままで使っているMacOSとも比較のためである。

どちらが良いのかよく判らないので、しばらく交互に使ってみるか。

備中松山城へのハイク

2009年9月28日 : H. Yoshida
DSC01390

備中松山城天守閣

DSC01395

大石内蔵助が座ったと言う石

DSC01365

臥牛山への谷にかかる吊り橋

DSC01392

太鼓槍からの高梁市の眺め

DSC01379

ヒガンバナ

DSC01378

チャ

DSC01373

ミズヒキ

DSC01377

アベマキの説明版

DSC01375

樹齢350年のアベマキの木

DSC01393

コマユミ(ニシキギ)

DSC01397

ウメモドキに似ているのだが?

ツユクサ

ツユクサ

27日に山中間34人で岡山県高梁市の備中松山城へ行く。
天気晴れ、これでも彼岸が明けたとは思われない暑さでかなり汗をかいた。
国道沿いから天守閣まで、標高差は400mくらいはあると思われる、さすが日本一高い場所に現存する山城である。
自然歩道を歩いて行くなら、観光ではなく登山だと言ったほうが最適の難度である。
8合目までなら、車を利用すればあと700mくらいで天守閣だが、これではハイクの値打ちがない。
五合目付近には、あの忠臣蔵で知られる大石内蔵助が座ってしばし休息したという石がある。
この備中松山藩と赤穂藩は親戚関係にあり、当時には内蔵助が何回もこのお城を訪れていたらしい。
くるたびに、おそらくこの石に座って汗を拭き取ったに違いない。
さて1時間半くらいで天守閣に到着、ここで休憩がてらの弁当。
あたりは広場になっていて多くのベンチとテーブルが設置してあり、絶好の休憩場所である。
他の家族連れも一緒に弁当を広げていた。
この天守閣は当時のままで保存してあり、国宝級の建物とか、いつかは国宝に指定されるであろう。
この山は臥牛山(480m)であるが、山頂はもう少し奧にあり、弁当が終わるとそちらに向かって歩き始める。
20分も歩き谷を下るとと、大きな臥牛山吊り橋に降りる。
この橋は山仕事用に架けられたものだが、現在は観光客とハイカーのために使われているようだ。
猿が多いようで、至る所に野猿に注意の看板だあったが、この橋には猿よけのカバーが設置してあるから、橋を渡るときにはヒンジの付いたドアを開ける必要があるのがちょっと以外。
橋の向こう岸まで行ったが、山頂までは行かず、帰りの時間を考えて今回は引き返す。
10年前にも来たのであるが、当時とはかなり様変わりしていて、より安全に渡れるようになっていた。
さてそれからめぼしい植物を探し撮影しながら下山するのであるが、このあたりはまだ秋というよりは、やっと夏が終わったばかりというか、まだ夏草が生い茂っていた。
彼岸花がちはほらという所だが、植物には秋の気配が感じられるようだ。
かろうじて見つけた、秋らしい花を投稿しておいた。
バスの待つ、一合目の駐車場まで降りたのが午後3時半、まだ日差しは強く夏のようだ。
帰りに、鳥取とも縁の深い戦国武将 山中鹿之介の高梁川沿いの墓に参拝して帰路につく。
鳥取に帰着は7時で暗くなっていた、日暮れが早くなったものだ。